麻酔中の「眠り」は、どうやって確かめるの?

ペンギン
ペンギン

全身麻酔中って、患者さんは目を閉じていますよね。それなら、眠っていると分かるんじゃないですか?

CEぼん
CEぼん

目を閉じていて、体が動いていなくても、それだけで十分に眠っているとは判断できないんだ。

ペンギン
ペンギン

じゃあ、本人に「眠っていますか?」と聞くんですか?

CEぼん
CEぼん

全身麻酔中は返事ができないから、使っている薬の量や患者さんの反応、モニター、脳波などを組み合わせて考えているよ。

CEぼんの一言

全身麻酔では、薬によって意識のない状態をつくります。

でも、患者さん本人に、

「今、十分に眠れていますか?」

と確認することはできません。

だから麻酔中は、目を閉じているかどうかだけではなく、

など、いくつもの情報を組み合わせて催眠状態を考えます。

この記事でわかること


全身麻酔の「眠り」は、普段の睡眠と同じではない

全身麻酔中の患者さんは、見た目には眠っているように見えます。

でも、普段の睡眠とはしくみが異なります。

普段の睡眠は、呼びかけなどで目を覚ますことがありますが、全身麻酔では、薬によって意識に関わる脳の働きを変化させ、手術中の出来事を認識しにくい状態をつくります。

そのため、麻酔薬の作用が弱くなるまでは、呼びかけだけで簡単に目覚めることはありません。

この意識の状態は、点滴から入れる薬や、呼吸から取り込む薬によって調整されています。

催眠

麻酔における「催眠」とは、麻酔薬によって脳の働きを変化させ、意識のない状態をつくることです。

ポイント

全身麻酔中の患者さんは、単に「深く眠っている」のではありません。

麻酔薬によって、意識や記憶に関わる脳の働きがコントロールされています。


全身麻酔の「眠り」をつくる薬

全身麻酔で意識のない状態をつくる薬には、大きく分けて次の2つがあります。

どちらも全身麻酔に使われますが、体に入る経路や、麻酔中の使用方法が異なります。

点滴から入れる「静脈麻酔薬」

静脈麻酔薬は、点滴から血液中に入り、血流によって脳まで運ばれます。

薬が脳に届くと、意識に関わる神経の働きが抑えられ、比較的短い時間で意識がなくなります。

全身麻酔を始める「麻酔導入」では、静脈麻酔薬がよく使われます。

代表的な薬の一つに、プロポフォールがあります。

プロポフォールは白い液体の薬で、点滴から投与すると、数十秒ほどで意識がなくなることがあります。

ただし、薬の効き方は年齢、体格、循環の状態、投与速度などによって異なります。

プロポフォールを使った静脈麻酔のイラスト
静脈麻酔薬

点滴などから血液中へ投与し、脳に作用して意識のない状態をつくる薬です。

麻酔導入だけでなく、薬を持続的に投与して、手術中の催眠を維持する方法にも使われます。

静脈麻酔薬だけを中心に全身麻酔を維持する方法は、全静脈麻酔と呼ばれます。

英語では、Total Intravenous Anesthesiaの頭文字を取って、**TIVA(ティバ)**と呼ばれることもあります。

現場では

静脈麻酔薬は、シリンジポンプなどを使って一定の速さで持続投与することがあります。

患者さんの年齢や体格、手術刺激、血圧などを見ながら、投与する速さを調整します。

シリンジポンプ

呼吸から取り込む「吸入麻酔薬」

吸入麻酔薬は、麻酔器から送られる気体として患者さんの肺に入り、肺から血液中へ取り込まれます。

その後、血流によって脳まで運ばれ、意識に関わる脳の働きを抑えます。

吸入麻酔薬は、主に手術中の麻酔を維持するために使われます。

代表的な薬には、セボフルランやデスフルランなどがあります。

麻酔器では、患者さんが吸い込む気体に含まれる吸入麻酔薬の濃度を調整できます。

また、患者さんが吐き出した気体に、どのくらい麻酔薬が含まれているかを測ることもできます。

吸入麻酔薬

呼吸によって肺から取り込まれ、血液を通って脳に作用する麻酔薬です。

麻酔器で濃度を調整しながら、主に手術中の催眠状態を維持するために使われます。

静脈麻酔と吸入麻酔のルートの違い

どちらの麻酔薬を使うの?

静脈麻酔薬と吸入麻酔薬のどちらが優れている、という単純な違いではありません。

手術の内容、手術時間、患者さんの年齢や持病、術中に行う神経モニタリングなどによって、麻酔方法を選びます。

たとえば、麻酔導入では静脈麻酔薬を使い、手術中は吸入麻酔薬で維持することがあります。

一方、導入から維持まで、主に静脈麻酔薬を使う場合もあります。

患者さんの状態や手術の内容に応じて、麻酔科医が安全と考えられる方法を選び、手術中も必要に応じて調整します。

ポイント

全身麻酔の催眠には、

点滴から入れる方法と

呼吸から取り込む方法

があります。

どちらを使うかは、患者さんと手術に合わせて選ばれます。


麻酔薬は、脳の働きをどう変えるの?

私たちの脳では、多くの神経細胞が電気信号や化学物質を使って情報をやり取りしています。

見たり、聞いたり、考えたり、記憶したりすることも、神経細胞同士の情報伝達によって成り立っています。

全身麻酔に使う薬は、脳の神経細胞の働きを変化させます。

たとえば、神経の働きを抑える仕組みを強めたり、神経同士の情報伝達を弱めたりすることで、意識や記憶に関わる脳の活動を低下させます。

ただし、全身麻酔薬の働きは、一つの受容体や脳の一か所だけで説明できるものではありません。

薬の種類によって作用する場所や仕組みは異なり、複数の神経ネットワークが関係しています。

CEぼんのイメージ

普段の脳は、高速道路をたくさんの車がスムーズに走っている状態です。

情報はあっという間に目的地へ届くため、見たことや聞いたことをすぐに認識できます。

ところが麻酔薬が効くと、高速道路の制限速度が一気に下がります。

すると情報が脳の中を伝わるスピードが遅くなり、意識や記憶に必要な情報が十分にやり取りできなくなります。

※実際の脳の働きを簡単にイメージするための例えです。

麻酔薬と脳の働き

催眠状態はどうやって判断するの?

麻酔中の患者さんは目を閉じていて、言葉で状態を伝えることができません。

また、筋弛緩薬を使っている場合は体も動きにくくなるため、見た目だけで十分な催眠状態かを判断することはできません。

そこで麻酔科医は、

など、複数の情報を組み合わせて催眠状態を考えます。

その手がかりの一つとして使われるのが、次に紹介するBISモニターです。


BISモニターとは?

麻酔中の催眠状態を考える手がかりの一つに、BISモニターがあります。

BISは、Bispectral Indexの略です。

患者さんの額に専用のセンサーを貼り、前頭部から脳波を測定します。

BISセンサー

脳波とは、脳の神経細胞が活動するときに生じる、わずかな電気的変化です。

BISモニターは、得られた脳波を独自の方法で解析し、その結果を0〜100の数値として表示します。

一般的には、100に近いほど目が覚めている状態、数値が低いほど麻酔薬によって脳の活動が抑えられている状態を示す参考になります。

BIS

前額部から得られた脳波を解析し、麻酔薬による催眠状態を考える手がかりとして、0〜100の数値で表示するモニターです。

BISの数値だけで、意識の有無を直接確定するものではありません。

患者さんへ

BISモニターは、脳のとても弱い電気信号(脳波)を測定します。

正確に測定するため、センサーを貼る前に、おでこの皮膚をきれいに拭いて、電気が伝わりやすい状態にします。

そのため、貼る前に少しチクチクした刺激を感じることがありますが、正確な測定を行うための準備です。


BISの数字は、どう見るの?

BISでは、おおまかに次のような傾向があります。

一般的な全身麻酔中には、40〜60程度が一つの目安として使われることがあります。

ただし、患者さんや薬の種類によって数値の出方は異なります。

そのため、

BISが50だから必ず十分に眠っている

BISが65だから必ず目が覚めている

と、数字だけで単純に判断することはできません。

ポイント

BISは、麻酔中の催眠状態を考えるための手がかりの一つです。

患者さんの意識そのものを、直接見ている機械ではありません。


BISの数字だけでは判断できないのはなぜ?

BISの数値には、麻酔薬以外のさまざまなものが影響します。

たとえば、

などです。

BISセンサーに影響するもの

BISは、測定した脳波を解析し、計算によって数値へ変換しています。

そのため、脳の状態が変化してからBISの数値へ反映されるまでに、少し時間差が生じることがあります。

また、額や顔の筋肉が動くと、その電気活動(筋電図)が脳波へ混ざり、BISの数値が実際より高く表示されることがあります。

反対に、筋弛緩薬によって筋肉の電気活動が弱くなることで、BISの数値が低く見える場合もあります。

つまり、BISは催眠状態を考えるための大切な手がかりですが、数字だけで催眠状態を判断することはできません。

現場では

麻酔科医は、BISの数字だけを見るのではなく、

  • 元の脳波
  • 筋電図(EMG)の影響
  • 信号の質(SQIなど)
  • 麻酔薬を変更してから十分な時間が経っているか

なども合わせて確認しています。

数字が変わったときは、

「本当に脳の状態が変化したのか」

それとも、

「筋電図やノイズなどの影響なのか」

を考えながら評価しています。

BISモニター中でも観察すべき項目
ここまでのポイント
  • 催眠は静脈麻酔薬や吸入麻酔薬でつくられる
  • BISは脳波を解析して催眠状態を考える手がかりになる
  • ただし、BISの数字だけでは催眠状態を判断することはできない

BISを使わない全身麻酔もあるの?

すべての全身麻酔で、必ずBISモニターを使うわけではありません。

吸入麻酔薬を使用する場合は、患者さんが吐き出した気体に含まれる麻酔薬の濃度を測り、麻酔薬がどの程度体内に届いているかを考えることができます。

一方、静脈麻酔薬は、呼気から薬の濃度を測ることができません。

そのため、TIVAなどでは、脳波を解析するBISモニターが催眠状態を考える重要な手がかりになることがあります。


麻酔が浅すぎるとどうなるの?

麻酔薬の催眠作用が不足すると、手術刺激に対して脳の活動が十分に抑えられない可能性があります。

まれではありますが、全身麻酔中の出来事をあとから思い出す、術中覚醒が起こることがあります。

術中覚醒には、

など、さまざまな体験があります。

英国とアイルランドで行われた大規模調査では、患者さんから自発的に報告された術中覚醒は、およそ1万9千件の全身麻酔に1件と推定されました。ただし、手術や患者さんの状態によってリスクは異なります。

不安になった患者さんへ

術中覚醒は、全身麻酔を受けたすべての患者さんに起こるものではなく、まれな合併症です。

麻酔科医は、使用している薬、患者さんの反応、各種モニターなどを継続して確認し、麻酔を調整しています。

以前の手術で、手術中の記憶が残っていた経験がある場合は、麻酔科医へ伝えてください。


麻酔が深すぎるとどうなるの?

麻酔薬を多く使用すれば、必ず安全性が高くなるわけではありません。

必要以上に深い催眠状態になると、麻酔薬の作用によって全身への影響も強くなることがあり、

などが起こる可能性があります。

深い麻酔で起こること

そのため麻酔科医は、

浅すぎず、深すぎず、患者さんと手術に必要な状態

を目指して薬の量を調整します。

BISは、必要以上に深い催眠状態が続いていないかを考える手がかりにもなります。麻酔が浅すぎる場合には術中覚醒の懸念があり、深すぎる場合には循環への影響などが生じるため、患者さんに合わせた調整が重要です。

CEぼんの例え

麻酔薬の量は、部屋の明るさを調整する照明のようなイメージです。

明るすぎると、十分に眠れる環境になりません。

でも、暗くすれば暗くするほど良いわけでもありません。

患者さんと手術に合うように、ちょうどよいところへ細かく調整します。

※実際の薬の働きを分かりやすくするためのCEぼんなりの例えです。

麻酔の深さと照明の明るさのイメージ

手術中は、何を見ながら麻酔を調整するの?

BISは催眠状態を考えるための便利なモニターですが、麻酔科医はBISだけを見て麻酔を調整しているわけではありません。

実際には、

など、さまざまな情報を組み合わせて判断しています。

同じ量の麻酔薬を使っても、すべての患者さんに同じように効くわけではありません。

高齢の患者さんや循環の状態が不安定な患者さんでは、少ない量でも強く作用することがあります。

現場では

麻酔管理で大切なのは、

「BISの数字を目標値に合わせること」

ではありません。

本当に大切なのは、

「今、この患者さんの体で何が起きているのか」

を考えることです。

麻酔科医は、BISだけではなく、呼吸や循環、筋弛緩、手術の状況なども含めて患者さん全体を観察し、一人ひとりに合った麻酔の深さになるよう調整しています。

BISはとても役立つモニターですが、答えを教えてくれる機械ではありません。

さまざまな情報を組み合わせて考えることで、安全な麻酔管理につながっています。


患者さんが「途中で目覚めないか」不安なときは

全身麻酔を受ける患者さんの中には、

「手術中に目が覚めたらどうしよう」

と不安になる方もいます。

不安なことがあれば、手術前の診察で遠慮せず伝えてください。

特に、

などは、麻酔計画を考えるうえで参考になる情報です。

患者さんによって必要な麻酔薬の量や管理方法は異なるため、麻酔科医は事前の情報も含めて麻酔方法を考えます。


まとめ

今回は、全身麻酔中の「眠り」をどのように考えているのかを見てきました。

大切なポイントは、次のとおりです。

全身麻酔中の「眠り」は、目を閉じているかどうかだけで判断できるものではありません。

患者さんが自分の状態を伝えられない間も、麻酔科医はさまざまな情報を集め、麻酔薬を調整し続けています。

CEぼんの締め

BISの画面に数字が出ていると、

「この数字を見れば、眠っているか全部分かる」

と思うかもしれません。

でも、患者さんの体は、一つの数字だけでは表せません。

麻酔薬の量、脳波、血圧、心拍数、手術の刺激。

それぞれの情報を組み合わせながら、

今、患者さんはどのような状態なのか

を考え続けます。

BISは、

答えを教えてくれる機械ではなく、

患者さんの状態を考えるための

大切な手がかりの一つなのです。

考えてみよう

全身麻酔では、催眠薬によって意識のない状態をつくります。

でも、眠っているだけでは、手術の刺激に対する体の反応を十分に抑えられないことがあります。

では、意識のない患者さんに対して、

「痛みが抑えられている」

ことは、どのように考えるのでしょうか?

また、鎮痛薬は、痛みが脳へ伝わる途中のどこに作用しているのでしょうか?

次回は、

全身麻酔中の「痛み」と、鎮痛薬の働き

について見ていきます。

次回予告

第5章「眠っているのに痛み止めは必要? ~手術の刺激と鎮痛薬のしくみ~」

全身麻酔中は、患者さんが「痛い」と言葉で伝えることができません。

しかし、手術刺激が加わると、神経を通して信号が伝わり、血圧や心拍数などに変化が現れることがあります。

次回は、手術の刺激が体の中をどのように伝わるのか。そして、鎮痛薬がどこでその信号を抑えているのかを、やさしく見ていきます。