全身麻酔で眠っていても、鎮痛薬は必要なの?

CEぼん!全身麻酔では眠っているんですよね?それなら、手術中は痛み止めはいらないんじゃないですか?

実は、「眠っていること」と「手術の刺激を抑えること」は別なんだ。全身麻酔では、催眠だけではなく「鎮痛」も大切な役割を持っているよ。今回は、手術の刺激が体の中でどのように伝わるのか、そして鎮痛薬がどのようにその反応を抑えているのか見ていこう!
前回の記事では、麻酔薬によって催眠状態をつくり、その状態をどのように評価しているのかを見てきました。
では、十分に眠っていれば、鎮痛薬は必要ないのでしょうか?
実は、そうではありません。
手術では、皮膚を切ったり、組織を引っ張ったり、臓器や骨を操作したりと、体にさまざまな刺激が加わります。
全身麻酔によって意識がない状態でも、こうした手術による刺激そのものがなくなるわけではありません。
刺激に対する信号は神経を通って伝わり、
- 心拍数が増える
- 血圧が上がる
- ストレスに関わる反応が起こる
など、体の反応につながることがあります。
そのため全身麻酔では、患者さんを眠らせる「催眠」とは別に、手術による刺激と、それに伴う体の反応を抑える「鎮痛」も行います。
「眠っている」=「手術の刺激への対策が必要ない」ではありません。
全身麻酔では、「催眠」と「鎮痛」をそれぞれ考えながら麻酔を行っています。
「痛い!」と感じるまで、体の中では何が起きているの?
ここではまず、普段起きているときに「痛い」と感じる仕組みを見てみましょう。
たとえば、皮膚に傷ができるような強い刺激が加わったとします。
私たちの体には、組織を傷つける、または傷つける可能性のある刺激を受け取る仕組みがあります。
そこで生まれた信号は、末梢神経を通って脊髄へ伝わり、さらに脳へと送られていきます。
大まかにすると、
刺激を受けた場所 → 末梢神経 → 脊髄 → 脳
という流れです。
そして、脳に届いた情報が処理されることで、私たちは「痛い」という体験をします。
ただし、痛みは単純に一本の神経を通って脳へ届くだけではありません。刺激の種類によって伝わり方が異なったり、脊髄や脳で情報が調整されたりするなど、いくつもの仕組みが関係しています。

組織を傷つける、または傷つける可能性のある刺激を「侵害刺激」といいます。
普段の生活では、こうした刺激に関する情報が神経を通って脳へ伝わり、脳で処理されることで「痛い」という体験につながります。
そのため、手術によって加わる「侵害刺激」と、本人が体験する「痛み」は、厳密には同じものではありません。
鎮痛薬は、どこで手術の刺激を抑えているの?
ここまでを見ると、「それなら、この情報が伝わる仕組みのどこかを抑えればいいのでは?」と思うかもしれません。
その考え方が、鎮痛を理解する大きなポイントです。
手術中や手術後に使われる鎮痛方法には、
- オピオイド鎮痛薬
- NSAIDs
- アセトアミノフェン
- 局所麻酔薬
- 神経ブロック
などがあります。
ただし、これらがすべて同じ場所で、同じように働いているわけではありません。
刺激が生まれる場所に近いところで働くものもあれば、神経での伝達を抑えるもの、脊髄や脳などで痛みに関わる情報伝達を調整するものもあります。
つまり、「鎮痛薬」とひとまとめに呼んでいても、それぞれ違う方法で手術の刺激や痛みに関わる仕組みに作用しているのです。

もっと詳しく!
ここからは、鎮痛薬が体のどこで、どんな仕組みで働いているのかをもう少し詳しく見ていきます。少し専門的な言葉も出てきますが、すべて覚えなくても大丈夫です。「鎮痛薬によって、痛みを抑える場所や仕組みが違う」というところをつかめればOKです。
ロピオンは、どうやって痛みを抑えるの?
手術室で使用される鎮痛薬の一つに、**ロピオン(一般名:フルルビプロフェン アキセチル)**があります。
ロピオンは、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)に分類される薬です。
傷ついた場所が、いつもより痛く感じた経験はありませんか?
組織が傷つくと、その周囲では炎症反応が起こり、プロスタグランジンなどの物質が増えます。
プロスタグランジンの作用によって、痛みに関わる神経の末端(侵害受容器)は刺激に反応しやすい状態になります。
すると、普段ならそれほど気にならない刺激にも反応しやすくなります。その結果、傷ついた場所をかばったり、無理に動かさなくなったりすることにもつながります。
では、ロピオンはどこに働くのでしょうか?
プロスタグランジンは、**COX(シクロオキシゲナーゼ)**という酵素が関わる反応によってつくられます。
ロピオンなどのNSAIDsは、このCOXの働きを抑えることで、プロスタグランジンがつくられるのを抑えます。
その結果、傷ついた場所が刺激に敏感になっている状態を和らげ、痛みを抑えることにつながります。

フェンタニルやレミフェンタニルは、ロピオンと何が違うの?
手術中には、フェンタニルやレミフェンタニルなどのオピオイド鎮痛薬もよく使用されます。
同じ「鎮痛薬」でも、ロピオンとは働く仕組みが異なります。
ロピオンなどのNSAIDsは、プロスタグランジンがつくられるのを抑えることで、傷ついた場所が刺激に敏感になりすぎるのを抑えます。
これに対してオピオイドは、脳や脊髄などにある主にμ(ミュー)オピオイド受容体に作用し、痛みに関わる情報の伝達や、それに対する反応を抑えます。
つまり、
- ロピオンなどのNSAIDs → 傷ついた場所で、痛みに敏感になる仕組みを抑える
- フェンタニルやレミフェンタニルなどのオピオイド → 脳や脊髄などで、痛みに関わる情報伝達を抑える
という違いがあります。
フェンタニルとレミフェンタニルの違い
フェンタニルとレミフェンタニルは、どちらもオピオイドですが、特に大きな違いの一つが作用が弱くなるまでの速さです。
レミフェンタニルは、投与を中止すると作用が速やかに弱くなるため、手術中はシリンジポンプなどを使って持続的に投与し、手術刺激に合わせて量を細かく調整します。

一方、フェンタニルはレミフェンタニルより作用が長く続くため、手術中だけでなく、手術後の痛みも考えながら使用されることがあります。

手術による刺激は、最初から最後まで同じ強さではありません。
皮膚を切るとき、組織や臓器を操作するときなど、手術の進行によって刺激の強さは変化します。
そのため麻酔科医は、手術の進行や患者さんの状態を見ながら、鎮痛薬の種類や量を調整しています。
オピオイドには、呼吸が抑えられる、吐き気や嘔吐、眠気などの副作用があります。
そのため、手術中は呼吸や血圧、心拍数などを継続して確認しながら使用し、手術後も呼吸状態や痛み、吐き気などを観察します。
オピオイドは「強い薬だから危険」というものではなく、手術による強い刺激を抑えるために重要な薬です。
過去に鎮痛薬で強い吐き気が出たことがあるなど、薬で困った経験がある場合は、手術前に医療スタッフへ伝えてください。
痛み止めは、一種類だけ使えばいいの?
手術の刺激や手術後の痛みに対応する方法は、オピオイドだけではありません。
たとえば、
- NSAIDs
- アセトアミノフェン
- 局所麻酔薬
- 神経ブロック
など、さまざまな方法があります。
これらは、すべて同じ場所・同じ仕組みで痛みを抑えているわけではありません。
傷ついた場所で痛みに関わる物質がつくられるのを抑えるものもあれば、神経を伝わる情報を抑えるもの、脊髄や脳で痛みに関わる情報伝達を抑えるものもあります。
このように、作用する場所や仕組みの異なる鎮痛方法を組み合わせて、痛みをコントロールする考え方を、マルチモーダル鎮痛といいます。
一つの薬だけに頼るのではなく、それぞれの特徴を活かしながら組み合わせることで、より効果的に痛みに対応します。
また、オピオイドだけに頼らないことで、オピオイドの使用量を減らし、呼吸抑制や吐き気などの副作用を減らせる可能性もあります。

一か所だけに大きなブレーキをかけるのではなく、
- 傷ついた場所
- 神経を伝わる情報
- 脊髄や脳
など、違う場所・違う仕組みから少しずつブレーキをかけるイメージです。
いくつもの方法を組み合わせることで、一つの薬だけに頼らずに痛みに対応します。
※実際の鎮痛方法を分かりやすくするためのCEぼんなりの例えです。
手術中は、何を見ながら鎮痛を調整するの?
ここまで読んで、「でも全身麻酔中は、患者さんに『今、痛いですか?』とは聞けないよね?」と思った方もいるかもしれません。
その通りです。
全身麻酔中は、患者さん本人から痛みの程度を聞いて確認することができません。
そこで麻酔科医は、
- 今どのような手術操作をしているのか
- 使用している鎮痛薬の種類と量
- 血圧や心拍数の変化
- 発汗などの体の反応
- 患者さんの年齢や全身状態
など、複数の情報を組み合わせて考えます。
たとえば、強い手術刺激が加わったときには、血圧や心拍数が上がることがあります。
しかし、「血圧や心拍数が上がった」=「鎮痛が足りない」と単純に判断できるわけではありません。
血圧や心拍数は、手術刺激以外にもさまざまな原因で変化するからです。
反対に、血圧や心拍数に大きな変化がないからといって、それだけで手術刺激への反応が十分に抑えられていると判断できるわけでもありません。
第4章で紹介したBISと同じように、一つの数字だけで答えを決めるのではなく、さまざまな情報を組み合わせて考えることが大切です。
手術中の鎮痛では、「血圧が上がったから、鎮痛薬を追加する」と単純に決めているわけではありません。
手術刺激の強さやタイミング、麻酔薬・鎮痛薬の投与状況、血圧や心拍数などの変化を合わせて、「今、この患者さんの体で何が起きているのか」を考えながら調整しています。
モニターの数字そのものではなく、その数字がなぜ変化したのかを考えることが大切です。
まとめ
全身麻酔では、患者さんを眠らせるだけではなく、手術による刺激への対策も必要です。
今回のポイントを整理すると、
- 「催眠」と「鎮痛」は別の役割
- 手術では、体に「侵害刺激」が加わる
- 侵害刺激と、本人が体験する「痛み」は厳密には同じものではない
- 刺激に関する情報は、末梢神経や脊髄などを通って脳へ伝わる
- 鎮痛薬によって、働く場所や仕組みが異なる
- ロピオンなどのNSAIDsは、プロスタグランジンがつくられる仕組みを抑える
- フェンタニルやレミフェンタニルなどのオピオイドは、オピオイド受容体に作用する
- 複数の方法を組み合わせる「マルチモーダル鎮痛」という考え方がある
- 手術中の鎮痛も、一つの数字だけではなく患者さん全体を見ながら調整する
CEぼんのひとこと
全身麻酔というと、「眠らせること」が一番目立つかもしれません。
でも、眠っている間も、手術による刺激そのものがなくなるわけではありません。
だからこそ、眠りをつくる「催眠」と、手術の刺激に対応する「鎮痛」は、分けて考える必要があります。
そして鎮痛にも、一つだけの正解があるわけではありません。
手術の内容や患者さんの状態に合わせて、いくつもの薬や方法を組み合わせながら、その人に合った鎮痛を行っています。
次回予告
次回は、「筋弛緩薬って何? ~眠っていることと、動かないことは同じじゃない~」を見ていきます。
全身麻酔で使われることのある筋弛緩薬。なぜ手術中に筋肉の動きを抑える必要があるのでしょうか?
そして、「筋肉が動かない」ことと「意識がない」ことは、なぜ別なのでしょうか?
神経から筋肉へ「動け」という信号が伝わる仕組みから、筋弛緩薬がどこでその伝達を抑えているのかまで、やさしく見ていきます。
麻酔
2026年8月8日